黒ウィズお知らせ

クイズRPG 『魔法使いと黒猫のウィズ』のお知らせ情報

アンジェリカの記憶

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彼の地の古城に独り居座り、黄昏に戦友を想う孤高の王。

全身を包む魔法金属のアーマーで己が能力を極限まで引き上げ、数々の武勇を打ち立ててきた。
その勇姿はまさに、戦場に轟く迅雷そのもの――

 


男はじっと、来るべきに備え「鋼」の魔法に磨きをかける。

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太古の大魔道士の血を引く正統なる王女でありながら、乱世の荒波に飲み込まれ、望まぬ婚姻を強いられし少女。
気丈に振る舞い決して微笑を絶やさぬ姿の裏には、深い悲しみと強い決意が同居する。

乙女の祈りは遥かに響き、遠く彼方へ思いは届く。
永遠とも感じられる時を経て、歓喜の時は訪れる。

彼女を救いし彼の王は、鋼の玉座に居座ると「鋼心王」を継承する。

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永きに渡り諸侯を束ねた鋼心王は病に伏し、至福の時は終わりを告げる。

その身に流れる王家の血脈はかよわき腕に刃を引き寄せ、野心と陰謀の時代が幕を開く。
剣戟響く戦火の最中、消えかけた命の灯火に明かされる彼女の真実。
民の瞳に映る翼は希望の光か、それとも。
*    *    *

幾千振るわれし剣の奇跡は希望を描き、今、戦いの歴史に終止符が刻まれる。
鋼心王の崩御に端を発した戦乱も、「女神」と呼ばれし剣の乙女により幕が引かれ、平和な日々が訪れる。

戦いの最中、流れる血脈の真実を知ったアンジェリカは、全てを見届けた後そっと舞台から姿をくらませる。
許されざる気持ちを抱え向かったその先で、彼女を待ち受ける裁きとは――?

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少女の抱く苛立ちが、世界を揺るがす刃となる――

年に一度だけ開かれる武術会。
屈強な戦士たちが名誉と生命を賭け刃を交錯させるさまを見ながら、ミシェル・ヴァイルは一人の男を思っていた。

そこは鋼鉄の剣と魔法に支配されし、さる異界。

華美なドレス、豪華な食事、従順にして意のままに働く召使、そして幾億の民を従える鋼の玉座。
「不自由」という言葉の存在しない世界に生まれ、現世で考えうるあらゆるものに囲まれ育ったミシェル。
欲すれば得られ、望めば与えられ、思うがままに振る舞える、誰もがうらやむ境遇にありながらしかし、彼女を苛む一つの渇き。

脳裏に浮かぶのは、一人、北方の古城に居座る孤高の王。
激しく、雄々しく、圧倒的なカリスマでかつて国を治めていた最愛の憎悪。
強すぎるが故に争いを避けられず、愛する妻を戦火に焼かれ、笑い合える戦友を失い、絶望の果て、ミシェルを捨て孤独と共に生きることを選んだあの男。

――眼前の戦いに決着がつく。
勝者は血染めの剣に雄叫びをあげ、敗者は大地に膝を折る。

莫大な賞金かかる武術会。
その真の目的は、黒鉄王をも超える勇の者を探し出し、彼の王に敗北を認めさせること。

「父さま……待ってて。わたしが貴方より上だってこと、わからせてあげるから」

天上天下唯我独尊、絶対無放の王女が望むのは、血を受け継いだ父の愛。
純な想いと歪んだ気持ち。前代未聞のワガママは、果たしてどこへ向かうのか。

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光も闇も、音も時の流れも奪われた、最果ての幽閉楼。
「無」だけが虚空漂う空間に、翼を折られた戦乙女はうつろに眠る。

永遠、あるいはただの一瞬か。
遥かに時の過ぎゆく中、破戒の鎖に身を繋がれて、たゆたう彼女は想いに沈む。

それは罪、許されざる悪。
摂理に背き、魂を呼び戻した者に与えられる神の必罰。

それでも、彼女は待ち続ける。
救いの終焉が訪れるその刻を。

いつかまた、きっと会える。
信じてさえいれば、必ず、どこかで。
――けれど、愛した人との邂逅は、最悪の形で訪れる。

永き禊が終わりを告げたとき、彼女は全ての記憶を失っていた。

漆黒の翼は堕天の証、災禍の矛は地を穿つ闇の刃。
消された過去と大切な想い、植え付けられた破滅の衝動。
神の許しを得るために、黒の乙女は迷いなく彼の者の元へと向かう。

「これで、全て終わる。あなたさえ、消し去ってしまえば!」

矛を構え冷たく叫ぶ彼女の頬を、一筋の涙がキラリと伝う。
幾星霜にも消え得ぬ想い、神すら侵せぬ心の領域――そこには、きっと。

夢見る少女に、至福の奇跡を。
決意の剣刃に、寛大な裁きを。
一途な想いに、真実の抱擁を。

彼女を闇から救い出せるのは、この広き世界に、ただ一人。

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視界に染まる鮮血の紅、かつて愛した人の胸には、深く神槍が突き刺さる。
神の使命が果たされたとき、心の鎖は解き放たれ、全ての想いがよみがえる……
*    *    *

鋼心王は二度死んだ。

一度目は、己が運命に従って。
二度目は、愛した人の手によって。

その目に映るのは、広き世界でただ一人、彼の心を揺さぶった美しき女性。
莫大な富よりも、絶大な権力よりも、ただその人だけを彼は望んだ。

誰の下にもつかないと誓った彼が、人生で唯一破った鋼の掟。

胸を貫く槍を持つ、彼女の顔を見て思う。
せめて、最期のときだけは――微笑んでくれてもいいじゃないか、と。
*    *    *

血濡れのその手が頬に触れる。
凍てつく仮面は徐々に綻び、あふれる思いが涙にかわる。

微かに聞こえた彼の声。

祈る神などどこにもいない。
冷たく消えゆく命を前に、アンジェリカはただ、無力。
だから、この瞬間だけは、その声に応えよう。

「……また、会えるよね……?」

想い曲げ、悲しみこらえ笑顔を作る。
くしゃくしゃに歪んだ笑みを見て、満足そうにニッと笑うと、男は静かに息絶えた。

慟哭。

胸を過ぎる、いくつもの幸せな記憶。
全てを与えてくれた愛しき人に、自分は何を返せただろう。

天空高く、世界に響く彼女の声。
一滴のよどみなき純白の気持ちが、神の定めし理をも揺るがす。

真の奇跡は、強き想い持つ者だけに訪れる……
*    *    *

一つの物語が幕を引く。
翼焼かれた神族の乙女は、ようやく穏やかな日々を手にするのだが――それはまた、別の物語。

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――それは、遥か昔の淡くおぼろげな記憶。

さる王家の一人娘として育てられた、幼き日のアンジェリカ。
心優しき両親の愛、あらゆる面倒を見てくれる侍女、華やかな宮廷、誇り高き王国騎士団。
恵まれた環境の中で、彼女は健やかな日々を送っていた。

春。
その日七歳を迎えたアンジェリカは、遊宴に訪れた「鋼」の少年と出会う。

席を抜け出し彼と共に訪れたのは、王国全土を見渡せる高い丘。
強引で、身勝手で、粗暴な振る舞いを見せる少年は、彼女に「鋼」の魔法への憧憬を嬉々として語る。

夢中で聞き入るアンジェリカ。
冬の名残と春の香りが混じる大気の中で、彼女は高鳴る鼓動を感じていた。

七歳の、誕生日。
同時にそれは、彼女が全てを失った悲劇の日。

二人で過ごした丘の上。
眼下に見える王宮から火の手が上がり、不吉な鐘の音がせわしなく鳴り響く。

臣下の叛逆。
大切なものが全て奪われ、幸せな日々は一夜にして灰へと変わる。

王家の血脈を残すため一人生かされ、成人の儀と同時に望まぬ契りを強いられたアンジェリカ。
悲しみの淵の中、彼女が唯一抱く光は、「鋼」の少年と交わした約束。

彼女にできることはただ一つ、信じて、待ち続けることだけ。

夢見る少女に、至福の奇跡を――

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遠くから、祝福の号砲が鳴り響く。
どこの誰とも知れぬ二人が、誓いの式を挙げている。

細やかな粉雪の舞う、ある冬の日。
出会いの丘で、彼女は来るはずのない人を待っていた。
*    *    *

……あの日から。

愛する人を正しき運命へと送り還してから、どれほどの時が過ぎただろう。
深い悲しみは癒えることなく、涙はいつまでも胸を濡らし、祈りは虚しく空へと消えた。

――時は巡る。

「鋼心王」を継いだ愛娘は平穏な日々を人々にもたらし、惜しまれつつ世を去った。
鋼の心は世代を超えて受け継がれ……それも終焉の時を迎え、国は滅び、また別の王が玉座に就いた。

過ぎゆく日々、移ろう季節。
やがて、「ヒト」なる存在すら地上から姿を消した。

冷たき闇の時代を経て、再び光射した世界に命が芽吹くと、また新たな「ヒト」が現れた。
神秘の誕生、暖かな命の営み、弱き者が死に強き者が生き残る自然の理、繰り返される歴史。

幾億の時の果て、天は彼女に赦しを与える。
焼かれた翼は輝きを取り戻し、神々は天への帰還を命じたが――彼女は地に生きることを望んだ。

数多の生命が大地に芽吹き、己が運命を全うするのを、彼女はただただ、見届け続けた。
*    *    *

眼下の街道を、幸せそうな二人と式の参列者たちが賑やかに歩いている。
岩肌の大地に、葉の落ちた木々に、うっすらと雪が積もる。
少しずつ、少しずつ、景色が白く変わっていく。

参列者たちが遠くへと消えると、あたりは静寂に包まれる。

天を見上げ、目を閉じる。

「鋼」の少年との約束を信じ、数億の時を生きてきた。
ありえないとわかっていても、共鳴する魂が惹かれあう奇蹟を、ただ、願った。

――いつか、どこかで聞いた詩。
リュートを鳴らし、詩人が謳う。

夢見る少女に、至福の奇跡を。
決意の剣刃に、寛大な裁きを。

……もう一節が、記憶からすっぽりと抜け落ちている。
*    *    *

どれほど、そうしていただろう。
胸打つ気配を背後に感じ、ふと、アンジェリカは目を開ける。

振り返る間も与えずに、背後の気配が彼女の冷たい体を胸に抱く。
一面は雪に包まれ、全ては純白に飾られている。

ああ、そうだわ、とアンジェリカは思い出す。
詩人の謳う最後の一節――一途な想いに、真実の抱擁を。

男は彼女を腕に抱き、古の時代と何ら変わらぬぶっきらぼうな口調で、ただ、一言。
それは時を超え、アンジェリカ・ヴァイルをあらゆる悲しみから解き放つ福音の声。

――またせたな。

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